政治

2016年04月07日

朝鮮人追悼之碑

福島支部運営の丸井です。

先日、福島県郡山市の東山霊園内にある、「追悼之碑」を見てまいりましたので報告致します。
今回この目で歴史認識の歪みと現実を知りました。

追悼之碑

文言_003


1995年(平成7年)8月15日に、
「福島県朝鮮人強制連行犠牲者追悼之碑 建立実行委員会」 が建てたものでした。
表側には、前県知事が書いた「追悼之碑」
裏側には、太平洋戦争当時に日本軍部により朝鮮から強制連行され過酷な労働をさせられた
方々を追悼し両民族の平和友好を願う旨の記述がありました。

このような碑があることがどういうことに繋がるか、色々考えさせられます。

桜

桜の開花が始まり春を訪れを感じました。(…ありきたりな構図ですが^^;;)


丸井

marui_unei at 18:00|PermalinkComments(0)

2015年06月13日

宮城、福島が選挙戦へ

菊地です。

さて、宮城県と福島県では全国に遅れながらも
選挙モードに入ってまいりました。
宮城県および福島県議会議員選挙は11月、仙台市議会議員選挙は8月の予定です。
また福島市議会議員選挙は7月に予定されております。
私も立候補者の応援に入る予定となっており
東北地区の各支部でも、選挙の応援に入るようになります。


皆様周知の通り、在特会では政治家に対する働きかけを
強めていく流れになっておりますが
まずは地方議会から保守の反撃を行わなければなりません。
東北地方は、自民党が強いというのが伝統です。
しかし、その自民党はいわゆる古い自民党の流れが
ダラダラ進んでいるところも多く残っています。
ですから、地方議会で自民党が圧倒的多数だからといって
必ずしも安心できるわけではないのです。
読者の皆さんは、ぜひ立候補者に思いをぶつけ
これだと思った人に投票するようにしてください。

在特会は支持政党がありません。個人で応援する人を決めているのです。
政党で支持を決めると、その人の考えそのものを見なくなる可能性があります。
例えば、自民党の中には売国奴のような連中も一人や二人ではありませんし
民主党の中にも「なぜこんな人が民主党ごときに?」と思う人がいます。
ともあれ、東北各地でこれから選挙がある地域にお住まいの方は
ぜひ投票に行ってください。私たちが投票に赴くことで
組織票を覆すことができるのです。組織票だけで当選する人は
個人の政策で選ばれたのではありません。
しかし個人の政策で選ばれた人のバイタリティー、情熱は
組織票のそれを大幅に上回っています。
本当のタブーや既得権益に切り込むことのできる人はまさにそういう人なのです。
当会が目指す入管特例法をはじめとする在日特権の廃止を実現するためには
そういった政治家との連携も必要です。
まずは地方で本当の愛国心、愛郷心を持った政治家の誕生を後押しし
それから国会へ。
この夏は、忙しくなりそうです。

shimakubou at 17:54|PermalinkComments(1)

2015年05月08日

東北を糾合しよう!

二度目の登場となります、東北地区担当副会長の菊地でございます。
福島支部のブログですので、福島に関連することを思い浮かべますと
我が宮城県と切っても切れない縁があります。

最大の縁は、戊辰戦争の延長上とされている「東北戦争」でありましょう。
読者の皆様はご存知かと思いますが
戊辰戦争は、鳥羽伏見の戦い、江戸無血開城と進み、徳川宗家は新政府軍に降伏しました。
当然のことながら、これにて戦は終わるはずだったのです。
しかし、幕末に会津藩の松平容保公は京都守護職に任じられ
京都の治安を守るべく辣腕を振るいました。
特に禁門の変では、会津・薩摩が長州勢に対して激烈な一撃を加えました。
そのため、会津藩は長州藩の恨みを買うことになります。


勘違いされがちなのは、東北諸藩が新政府側に対抗すべく奥羽越列藩同盟を締結したのだ
というものです。
実際は、会津藩は恭順の意思を示していました。仙台藩や米沢藩も取りなし
何とか会津藩に寛大な措置を、と新政府側に願っていたのです。
しかし、新政府軍とりわけ薩長は前述のとおり会津藩に痛い目に遭っていたことから
大きな恨みを持ち続け
東北諸藩の取りなしにも耳を貸さず、むしろ会津討伐のため出兵するよう命令しました。
戦国乱世ならいざ知らず、このように大義名分のない戦などご免です。
いろいろあって、会津藩を守るべく、東北諸藩と北陸から長岡藩をはじめとした
多くの藩が集まり、奥羽越列藩同盟が結成されるのです。
盟主には輪王寺宮法親王を擁立し、同盟の正当性を主張したことから
「東部政権」と呼称する人もいるようです。
東北戦争の流れは、読者の皆様がご存知のとおりです。
白河口の激戦、二本松の戦い、母成峠の戦い・・・。
北陸では、長岡城の大激戦・・・・。
秋田方面では、仙台・荘内・盛岡藩が新政府方についた秋田藩(久保田藩)に猛攻を加え
一時は居城・久保田城に迫る勢いでした。
とはいえ、仙台藩は装備も貧弱で、練度も圧倒的に劣っていました。
唯一の西洋式軍隊「額兵隊」も温存して戦場には出すことがありませんでした。
泰平の世に甘んじ、東北一の大藩である、という「大企業病」が平和ボケを生んだともいえます。

敗戦が続き、次々に同盟諸藩が脱落していく中
仙台藩も投降せざるを得なくなり、会津が孤立無援の中で
地獄のような苦しみを味わうこととなったのは、誠に忸怩たる思いです。
ですが、あの戦いで東北諸藩が一致団結できたことは歴史的意義が非常に高いと思います。
我々は会津を守る、引いては東北を守るという正義のために戦ったのだと
胸を張って言えるからです。

今、支那や南朝鮮、そして国内の反日左翼の動きが活発化し
東北の保守派は再び糾合する必要に迫られています。
講演会に出席する、ニコ生を視聴する、ツイッターで拡散する
皆さま、すでに取り組まれているかもしれません。
しかし、それからどうするのか。「良い話を聞いた」「許せない」
それで終わりにしてしまうには、皆さまの思いは勿体ないのです。
自分にできることは何だろうか。ぜひお考えいただき
迷ったら、ぜひ最寄りの支部にご連絡ください。
東北地区は、決して運営が多いとは申せません。
皆さまの英断を、心からお待ち申し上げます。

菊地 内記 拝

shimakubou at 20:20|PermalinkComments(0)